誰も興味ないだろうけど、俺のツッコミの歴史について雑に話そうか。

※記憶にある方は恐ろしいですが、
2010年に書いた記事を加筆修正した記事「ツッコミヒストリー2011」に
4年の歳月を経てさらに加筆修正した終わることなき未完全版です。
 
時代を追って書いていきましょう。
最高に青春してたのが小学3・4年生で
俺のツッコミ人生を決めたのはココなんじゃないかと思います。
ターニングポイントでしょうね。
 
色んな物拗らせるキッカケだし、
こうやって色んな人と繋がれたのもこれがキッカケなんじゃないかと。
いやセックス的な意味合いだったらなんの役にもたってねぇけど。
 

 

4年生の時は担任にも恵まれまして、
自由にさせてくれる人で楽しかったんですね
クラスメートも嫌いな奴居なかったし、
僕の周りボケ属性が多くてね、
ことあるごとにツッコんでました。
僕は小学校3年生からツッコミポジションです。
まぁツッコミというのか訂正というか。
 
ちゃんと当時は真面目くんだったんですよ。
だからその面白くしようみたいな考えはないツッコミですわな。
どこで道踏み外したんだろう。
道というか崖からオチてますよね。完全に。
もう元のルートに登れる気しないもん。
まぁもう登る気ないですけどね。
 
小学4年生の時、通潤橋へのバス内での出し物大会で
『オレンジジュース』という漫才コンビにツッコミで誘われたので
小学校4年生の時はすでに地位を確立していたことになります。
末恐ろしいガキだなぁ。
この時は滑りたくはなかったんで断ったんですが。
 
一番最初のやったコントを鮮明に覚えています。
らーめんチャンピオンズとかいうトリオで美容室のコントを家庭科の休み時間にやりました。
ただ僕が好き勝手やられてキレるっていうやつだったと思います。
 
それから親友と『パワークラフト』というコンビを結成。
組んで7,8年後に知ってる人は知っている「クリスマス」というネタが完成しました。
 
送られてきたボケと空白のツッコミ。
空白のツッコミを俺が想像で埋め答えを聞きツッコミ直すという斬新なネタ作りが俺の中で話題になりました。
あの1回しか作ってないけどね。
 
まぁその後バスケ部に入ったりでまた新たなボケ達と出会ったわけですが。
 
ちなみにこの時期までは頭を叩くかなりフレキシブルなツッコミでした。
中学入ってなんか違うなと思って肩小突く程度になった。
 
そんで中学校。
 
相変わらず四方八方でツッコミを繰り広げるも人見知りなため輪は広まらず。
生徒会役員(厚生委員長とかいう謎の職)になったことで、校長先生から全校生徒の前で名前を間違えられるというトークとしてはなかなかのエピソードをゲット。
ただしツッコミスキルにはなんの関係もない。
 
塾の塾長先生が
「俺もツッコミだからねぇ。練習しとこう。」と言って授業中にボケまくってくるのをツッコミ続ける謎の授業を受けたりする。(個別指導の塾)
 
なぜか僕の周りにはボケがよってくる。
なんなの磁石なの?
 
親しい友人達はどちらかというとボケ寄りなんですよね。
このブログ見てもらえばわかりますが、僕もボケたがりなんですよね。実際。
目立ちたくないけど目立ちたい気持ち悪い奴です。
 
あとずーっと女子ウケが悪い人間も集まりがちだったんです。
俺らのコミュニティには常に女子が居ない。
 
だから女子に何がウケるのか全く分からず。
 やっぱ小学校とかは面白いとモテるじゃないですか。
中学校はそうもいかないでしょ?
そうは言っても周り結構イケメンばっかりなんだよな。
勘弁してよ本当。
私イケメンじゃないんだもん。
それでイケメン達面白いんだもん。
そして勉強出来る優しいってヤバいっしょ。
今考えたら、周りはモテるモテる。俺はモテないモテない。
アイツら絶対告白とかされてるぜ!
でも俺されたこと無いぜ!
くぅ~人から好かれてぇ!
やっぱツッコミで色んな人とコンビ感出していくしか無いじゃん。
アイツも面白いじゃんって思わせていかないと駄目じゃん?
結果モテもしなかったし仲の良い女子もこれといっていないし。
 
中学校でモテるのは決まってサッカー部よ。
間違いない。
体育の時めっちゃ出しゃばるサッカー部を俺はぶん殴りたい。
体格いいだけで俺にキーパーさせる奴も嫌い!
サッカー部が嫌い!(偏見)
もちろんサッカー部の友達もいたよ!
そもそもサッカーがそんな好きじゃない!
 
バスケ部がモテる?バカ言うな!
結構試合出ててそこそこだった俺が全然モテなかったんだぞ!
小学校で市の選抜だぞ!モテないんだぞ!
どうすりゃいいんだよ!
って俺がいっても説得力ねぇよってみんな思ってると思う。
 
だってお前だもん。
 
ってみんな思ってると思う。
 
僕も説得力がなくて悲しい。
でも大体の奴ら彼女とかいなかったから!
スタメンの奴らはいたけどな!
くそっ!サッカー部ってだけでモテてる感あるじゃん。
いやもうコレ止まらないから今度の機会ね!
 
「女子から好かれてる」って言われたことあるけど嫌われてないだけだからね。
恋愛対象じゃなくてマスコット的な意味の好きなのずっとだからね!
いや見ろよ。恋愛対象で1回見ろ。
一緒に住んで見る?テラスハウス行けばいいのかな?
俺確実に副音声の方が向いてるけど。
 
あの世代の女子はマセすぎじゃない?
「ほんと男子って子供~」っていうスタンスなんなの?
なんでお前ら上からオレのこと見下ろしてんの?
いやお前らも十分子供だけどな!
先輩の高校生とかに喰われてから出直してこい!って今なら言うな。
まだピュアだったから。純度高めだったから。
ここまでひねくれて無いから。
 
女子全員さん付けだから。呼び捨てとか距離感!って思ってたから。
今でも女子を呼び捨て出来ないから。
アダ名とかだいぶ壁ないと思ってくれていいよマジで。
 
 
 
んで、そもそも、なんで俺ツッコミなのかな?と思ったら
俺がスゴイ常識人ぶるタイプで、周りの無茶を咎めるストッパー係だったという。
 
あと選択肢としてそれしかなかったんじゃないですかね。
 
僕もずっとツッコミ続けてきたことで、
無駄な知識だけは広く浅くもっていたのもあります。
昔からテレビっ子だったのがデカイと思います。
くりぃむしちゅー上田先生を筆頭に、
最近では若林、山里のたりふたコンビをリスペクトしている部分が。
 
あとこれはどこにいてもなんですけど
ボケじゃ勝てないんですよ。
だったらそのボケをさらに面白くできる役割なんて、とっても素敵。
あと地味に友達作りのツールとして便利。
ボケの人には「えっ?このボケわかった!?」みたいなのがあるみたいです。
ツッコまれると嬉しいボケみたいな。
なんかそれで認めてくれるというか。
 
テンポ大事ですからね。
あやふやに誤魔化すツッコミ技術も習得しましたし。
 
いてくれたらいいなー。ぐらいの人間でいいんですけどね。
まぁそういうポジションに近づいていってる気はしなくもないですが。

 

高校ではツッコミが俺のアイデンティティと化した時代です。
明確なツッコミ担当がいるからいいかな的発想で
周りが気兼ねなく自分に対してボケるというサバイバル環境。
 
交通整理のお兄さんは俺しか居ないのに、
どんどんと俺のもとにバイクがこっちに向かってすごい速度で来るわけ。
俺も必死にさばくよ。
でも渋滞は免れないのよ。
台数多いし言うこと聞かないんだもん。
俺が「赤信号よ!」って言ってるんだよ!交通整理の人止まれって言ってんのよ。
止まんないんだもんなぁ。
もうホント暴走族じゃん。
 
 
まぁ尋常じゃないスキルアップの場だったと思います。
Skypeのチャットとかエグかったですから。
他のやつがボケる前に処理していかないとどんどんボケが貯まるという。
 
ボケの定期貯金ですよね。
毎日ボーナス振り込まれてんのかなぐらいの勢いでログが進みますけど。
 
なぜこの高等技術をLINEに生かせないのか。
本当はチャット早いけど返信遅いフリしてる芸人まだかな。
 
休み時間に筆箱が飛び交う。
そんな学校でした。
 
あとはクレイジーの巣窟こと自動車部。
もともとどこかに強制入部というのがあったせいので、厳しい部活は嫌だったので反熊工組織とも呼ばれていたここに入部。
 
我々の世代が実質トップに君臨したのが2年生の時と早かった為、作業以外の時はやりたい放題の部活に。
ロリコン、ヤク中、ちんちん、真人間、ツッコミ」という伝説のファイブメンである。
 
ミキプルーンを始め、
メロンパンやBMWなどツッコミを放棄し悪ノリが楽しいと思い始めたのがこの頃で、人をイジる楽しみ方を覚えたのもこの時である。
 
自動車部関連はいつかまとめて記事にしよう。
 
 
最後に結局ツッコミってなんのよって
ことで下の文章を見ていただきたい。
 
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ダウンタウン浜田雅功は、「見る側に(相方である松本人志の)ボケをなぞって分かり易くしてやる」とツッコミとしての自分の役割を定義している。
明石家さんまは、「見ている人よりちょっとだけ先回りして、ボケの笑いを引き立てるのがツッコミ」と語っている。
wikipediaより引用)
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正直関西人じゃないので
「なんでやねん」が使えないのは
ハンデがあると思ってます。
 
いいなー。